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72 件のコメント

  • 十年前に小学生の頃から飼っていた猫が亡くなったとき、とても悲しくて、なかなか次の子を飼おうと思えませんでした。でも、この本を読んだとき、悲しみを思い出して大泣きしたにもかかわらず、また猫と一緒に暮らそうと思いました。
     どうしてかと考えると、この本には愛するものと生活する喜びが描かれているからだと気づきました。一緒にアイスクリームやピザを食べ、一緒に映画を見てモノポリーをして、一緒におしゃべりをしてベッドに入る……「ぼくの人生の半分は、(裏返しになった)犬の耳を初期設定の状態へもどすことに費やされる」のが、まさに幸せなのだと感じました。
     もちろん、いつか来る別れの日はつらく耐え難いのは事実ですが、リリーとテッドのやりとりを読んでいると、一緒に過ごしたときに築いた愛情で、悲しみを乗り越えることができるのだと思いました。そして、リリーの生と死を通じて、親友のトレント、妹のメレディス、母親、そして元恋人のジェフリーとの関係が新たなものに変わるところにも深く感じ入りました。

  • 最初に帯の惹句を読んで、子供の頃に飼っていたシェルティーのことを思い出しました。
    長生きでしたが、亡くなる少し前から寝たきりになってしまい、自分が一番つらいはずなのに、排泄の世話をするときに申し訳なさそうな表情を浮かべていたことを今でも覚えています。
    そして今わが家にいるのは20歳になるおばあちゃん猫で、いつか訪れるお別れのときを想像しただけで、涙ぐんでしまう状態なので、リリーの最期の場面は読んでいて胸が苦しくなりました。
    ですがこの物語は喪失のつらさばかりが描かれている訳ではありません。
    リリーと過ごしたかけがえのない12年間の思い出とともに、新たな一歩を踏み出したテッドに、素敵な出会いが訪れたことで温かい気持ちになりました。
    家の愛猫は日がな一日寝ていることが多いですが、気持ち良さそうな寝顔を見ているだけでいつも癒されています。この本を読んで、その存在の大きさを改めて実感しました。

  • 翻訳を担当した越前敏弥です。
    心のこもったたくさんのコメント、ありがとうございました。
    すべて読ませていただきました。
    新しくこの掲示板をご覧になったかたも、どうぞここにご感想を書いてください。

  • 愛犬に寄り添うこと、ぼくとともに並んで歩くことで
    よりリリーへの感情が痛いほど心にしみる物語になって切なさがこみあげる。
    愛しさのあまり支配してしまいそうになる重い、そしてリリーとの対話。
    リリー幸せだったね♡
    私も、我家の犬(老犬)の気持ちをくんでやりたいと思いました。ありがとう

  • まずは、涙なしでは後半(特に『正午』の章)は、1文1文を噛みしめては、リリーのことを思い出して泣き、最終的に苦しむよりかは…と安楽死を選択したことが辛い決断ではあったかもしれませんが、リリーにとって苦しみから解放してあげる事になったのではないかと思います。
    著者スティーヴン・ローリーさん、本当にリリーの事を愛していたんだな、とひしひしと伝わり、特に「犬はいつだっていい子で、愛情いっぱいで、見返りを求めない。犬は混じりけのない喜びに満ちた存在で、何があってもぜったい、つらい目に遭って当然なんてことはない。特にきみはそうだ。ぼくたちが出会ってからずっと、きみのすること何もかもがぼくの人生を豊かにしてきたんだ。わかるかな。」のフレーズに全部詰まっていると思いました。昔犬を飼っていましたが看取る時、こういう気持ちなんだなって自分事のように重ねて読んで号泣していました。
    越前さんの翻訳でリリーの声、セリフが本当に“犬が今そう感じている、行っている”の感じでより物語にひきこまれました。

  • 愛犬との話を綴った話は数多くあるけれど、このお話は今までのどんな話とも違って涙で終わる話ではなかったところが新鮮でした。リリーは著者に、忍耐、やさしさ、強さ、無償の愛について何もかも教えてくれたと最後に述べていますが、これは動物を飼ったことがある人なら誰もが感じていることではないでしょうか。他の人になら単に「ワン!ワン!」と聞こえる吠え声でも、「このひとが!わたしの!かぞくに!なるのね!」と聞こえるあたりにも、とても共感を覚えました。
    愛犬リリーとの別れがテーマではあるけれど、それを上回るくらいリリーの天真爛漫な振る舞いに心が和み、動物を飼うことは素敵だなと改めて思った作品でした。

  • もう10年近く前に逝った愛犬のことを思い出しました。
    初めて会った時のこと、我が家に来るまでのいきさつ、幼い頃のこと、交通事故で安楽死をすすめられたこと、家族のケンカの仲裁に入ろうとしてくれたこと、ある時胸にしこりができたこと、想像妊娠中ですぐ手術できなかったこと、そして老いてからのこと…多くのことが蘇ってきました。
    老犬を見送ったことのある大多数の人が、この本を読むといろいろな「あの日」「あの顔」「あの時間」を思い出すでしょう。
    目の上の「タコ」、そうとしか表現したくない気持ちも、すぐに気付けなかった後悔も、同様の苦さをきっと多くの人が持っている。だけどたしかにとても素敵な時間を共に過ごせたこと、その幸せをも思い出させてくれる本でした。

  • 最初、ほとばしる主人公の独白、あふれでる言葉に戸惑い圧倒されながら、犬のリリーだけではなく彼を取り巻く環境について、読み進めることで自然に知り、まるで彼の女友達になった感覚におちいった。
    リリーの「タコ」は、腫瘍なのか、彼にだけ見える幻なのかな、と思いきや、読み終えた後には、もしかしてカフカの「変身」的な意味もあったかもしれないなんて、色々な解釈できそうだと感じた。
    そして、主人公と共に今、同じとは言えないけど(主人公に失礼)、喪失感にさいなまれている。

  • 「人とちがって、犬は……犬は穢れのない魂を持っているんだ」

     ぼくたちはみな、大切なものをすべて失う、あるいは大切なものがぼくたちを失う。そう運命づけられていて、それが命の本質だ。

     ひと呼吸置いてから、リリーはぼくを見あげる。「わたしね、ときどきあたなのこと、パパって呼んでるの」
     心臓が喉までせりあがる。
     その愛称ひとつだけでじゅうぶんだ。

    (以上、本文より三カ所引用)

     ゲイの中年男であるテッドは、愛犬のリリーと映画の話をしたり、ボードゲームをしたりと、人間のパートナーと同じように暮らしている。ある日、リリーの頭にタコがいることに気づく。タコは腫瘍で、徐々に、だが確実にリリーを弱らせていく。テッドはリリーを救うため、必死にタコを追い払おうと戦うが、病気は進行していく。そして最後に、大きな選択をする……。
     物語を読みながら、自分の息子との別れについて考えた。別れは必ずくる。では、今をどう生きればいいのか。日々の生活や仕事に追われ、ただ忙しいと思って生きていていいのか。もっと大切なことがあるのではないか。いっしょに遊んだり、話したり、笑ったりしながら、たくさんの思い出をつくっていきたい。この本を読む前と読んだ後で、自分の生き方や世界の見え方がきっと変わる、そんな物語だ。

  •  事前にリリーがどういう運命にあるのかはわかっていたので、「死」にむかって
    読み進めているという悲しさはつねにありました。それはリリーの描写が生き生きと
    生のエネルギーに溢れているほど、募っていきます。でもこの世に生を受けたものは
    人であれ、犬であれ、生まれた瞬間から死にむかって一日一日を生きていく。だれに
    でも平等に死が訪れる。その最後の瞬間を迎えるとき、それまでどれだけの愛情を
    注いできたか、注がれてきたかで、生を全うした充実感も、別れの喪失感も、きっと
    大きく違ってくるのだろうと思います。その意味で、リリーを見送ったテッドの、ともに
    暮らした十二年間の幸せの大きさ、失うことの恐怖、見送ったあとの喪失感、助けて
    あげられなかった罪悪感、そういういろいろなものが想像されて胸が詰まりました。
    テッドには現実を少しずつ受け入れるために「タコ」が必要だったし、船上での戦い、
    それもリリーと心をひとつにしての戦いが必用だったのでしょう。

     リリーの異変に気づいたあと、「楽しかったことを思い起こすたび、苦い思い出も
    いっしょによみがえる」というテッドの言葉に深くうなづきました。どうしてあのとき
    もっとやさしくできなかったのか、と私も日々、後悔の連続です。でもテッドには
    「大丈夫」と言ってあげたい。テッド自身が知っているとおり、「犬はいまを生きて
    いるから。けっしてわだかまりを残さず、刻一刻と許し、忘れていく。つねに喜びと
    希望が生まれている」のだから。そして実際、テッドは大丈夫だった。悲しみの底に
    沈んでいるときにも、ちゃんと現実を生きていたから。だからこその「冷たいやつだと
    思われないためには、どのくらいここにいたらいいのか。いつまでここにいたら、
    気味が悪いと思われるのか」と頭が働く。そういうテッドの意識の流れが、この本を
    きれいごとではない、とてもリアルなものにしていたように思います。

    「おやすみ、リリー。きみは熱烈に愛されていた」
    きっとテッドもリリーから同じくらい愛されていたはずです。リリーの死を乗り越えた
    テッドに新たな出会いがあったこと、本当によかった!

  • ネコ派であるわたしは、愛犬の死を扱った小説と聞いて、果たして入り込めるのだろうかと最初は訝った。
    しかし、これはリリーというとびきりチャーミングなダックスフントを巡る物語ではあるが、それだけにとどまらない。
    主人公の葛藤と再生の物語は、犬に限らず、愛する人やものたちを見送った経験のある人なら、だれでも共感できるだろう。
    フロイトについて語ってしまうタコの造形がユニーク。禍々しいのに愛嬌があってなぜか憎めない。

  • 読み終わった直後、私はこの本を読んでしまったことを深く後悔しました。こんなに辛くなる作品は初めてでした。「老犬を、見おくる、ということ」という惹句が示すように、老犬リリーは死んでいくのです。その結末はわかっているのです。わかっているけれど、心のどこかで奇跡を求めていました。もしかしたら、リリーがタコとの闘いに勝って、元気に駆け回る奇跡がラストに描かれているんじゃないかと思っていました。だけど、リリーに奇跡は起きませんでした。彼女の最期の場面は、涙でなかなか読み進められませんでした。

    でも、少し時間が経ってみると、この作品が私に与えてくれたものの大きさが見えてきました。それは「愛」です。

    リリーは、テッドに溢れるほどの「愛」を与えてくれました。テッドに人生の楽しさを与え、生きることの素晴らしさを教えてくれました。犬と暮らすことの楽しさ、素晴らしさは言葉には言い尽くせないものがあります。「おやすみ、リリー」には、犬と暮らすことのすべてが記されています。

    この物語を読んでいるとき、ときにつらい気持ちになるでしょう。「読まなきゃよかった」と後悔することもあるでしょう。でも、最後まで絶対に読んでほしいと思います。読み終わってから、時が経つほどにこの物語が私たちに与えてくれる「愛」の大きさを感じられるはずです。

    今、私はこの本を深く強く愛おしいと感じています。

  • 犬や猫と暮らした経験がないため、この話をどんな風に感じるのかと思い読んだが、テッドがタコをリリーの頭に発見したときから始まった、タコへの憎しみと執着とそれに伴い常軌を逸しそうになるテッドが少し怖かった。それを怖いだけの話にしないのが、リリーの愛らしさだった。時として幼い仔犬であったり、若い娘のように感じられ、犬好きでなくても行動一つ一つに癒される。テッドにとって、リリーは子供であり、恋人であったのかもしれない。印象的なのが出逢いの場面で、テッドはほかの三匹ではなく、リリーを選ぶ。彼はその時、リリーが彼を選んだんだ、とリリーに言う。他の本でも猫が飼い主を選んだと思わせる話があり、呼び合うという瞬間があるのだろう。そして、テッドがリリーを選んだ時と同じように感じる瞬間が再び来ると想像できるラストでちょっと泣いた

  • 『おやすみ、リリー』、おすすめ。普段なかなか海外の小説読まないって人にもスッて馴染んでくるんじゃないかしら、すごく丁寧な訳。動物の家族がいる人はもちろん、大切な両親、兄弟、恋人がいる人に。主人公もリリーも、なんならリリーに張り付くタコも愛しい。一本の映画を観ているような感覚。

  • この度は、素敵な作品をありがとうございました。「老犬を見おくる」という帯の言葉に身構えてページを開くと、予想外に軽妙なやり取りから始まっていて、やだトムだったらトムハでしょ私も入れて!とすっかりテッドとリリーの長い友達のような気持ちですぐにのめり込みました。
    そこから先も、思っていたのとは全く異なりましたが、ずっとずっと素敵な物語でした。まさか、このお話で何度も吹き出すとは思っていませんでした。天真爛漫なリリーの魅力的なこと!リリーと初めて会った時のこと、愛称のことのところは涙を堪えられず、読み終わった後も何度も思い返しています。
    テッドの臆病さや身勝手さには我が身を思い出されて苦しくもなりましたが(テッドとリリーの関係に、自分と幼い娘が重なりもするので余計に)、ここまで書いてくれたからこそ力のある物語が生まれたのだと思います。
    笑って泣いて、テッドとリリーと共に過ごした時間の温かさは、本を閉じても胸の中に残っています。ありがとうございました。

    (テッドがゲイだということをウリに(嫌な言い方ですが)しない宣伝も、とても嬉しく思います。特殊なことではない、当然あるものとして書店に並ぶ時代にそろそろなっていいと思っていました。)

  • 私は犬を飼ったことがない。
    だから、正直なところ、犬が自然にそばにいる状況なんてまったくわからないはずだった。でも、気づいたら私の足元で体を丸めてるリリーがいるような、すぐそばにいる様な気分になった。

    それだけ、主人公のぼくからみているリリーが
    日々そばにいてくれていた、愛おしくてたまらないその存在であることが
    ことばのひとつひとつから伝わってくるからだろう。
    そして、リリーのことばもまた、可愛らしくてたまらない

    たくさんある、二人の会話のなかで、
    愛称で呼ぶことについて話しているシーンが特に好きだ。

    ぼくたちはすばらいしい12年間を過ごした。
    犬時間なら84年間

    という日々のぼくと、リリーの物語。たくさんの愛称でリリーを呼び、寄り添った時間の物語。

    私には愛称がたくさんあるのね。
    僕は君をいっぱい愛しているからな。

    物語が進むごとに、おやすみ、という言葉が見えてくるようで切なくて、
    ゆっくり、大切に読み進めた。

    日々お互いを思い愛したこと。
    愛すること、愛されることをそっと教えてくれる
    僕とリリーの関係がうらやましく
    読み終える頃、改めて私もパートナーのことを思った。
    愛を込めて。

  • 私にも愛犬を病気で亡くした経験があります。

    この本を読みながら、私と愛犬と、
    一緒になって病気と闘った日々のことを思い出しました。
    そして、彼を見送った時のことも。

    この物語そのものももちろん素晴らしいですが、
    物語に対する以上に、
    こういう経験をユニークな物語にした作者に対して、
    よりいっそうの共感と敬意を感じました。

    ユーモラスだからこそ、悲しさが伝わってきます。

  • 「おやすみ、リリー」という題名なのだからこれは犬が死ぬ話だとわかり、
    主要登場人物のタコ(人物ではないけれど)というのはおそらく悪性の腫瘍なのだろうと見当が付き、
    私は1年前から犬を飼っているのだから絶対に泣いてしまうだろうと覚悟して読み始めました。
    作者の心の動きがそのまま書かれているからか幾分読みにくい感じはしたものの、
    リリーのことが大好きで、リリーを失いたくない、なんとかしてリリーを引き留めたいと思う気持ちに深く共感しながら、一気に読み終えました。
    リリーを自分のいる世界とは違う世界に旅立たせる直前、その後の部分は本当に読むのが辛く、
    それでいながらリリーに自分の犬を重ねて何度も読み返しました(私の犬はまだ若いけれど、
    おそらく私よりは早く死んでしまうでしょうから)。
    ところが、重苦しい気分でページを繰り、読み進んでみると、真黒い雲の間から陽の光がさっと差し込んできたかのような、
    明るく幸せで、希望に満ちた出会いが用意されていました。これには心底ほっとしました。
    テッドとバイロンには、これまでと繋がっていながら明るく希望に満ちた毎日が訪れるはず。
    読み終えたときには、リリーが死んだときの重苦しく絶望的な息苦しさは消えていました。

    犬を飼っている以上、通常は犬が先に死に、飼い主は大きな悲しみと喪失感を味わうことになりますが、
    私は犬が1歳の今、この本を読み、先に泣き、先に希望を見ました。
    この先、犬との別れが来たときにどんな別れ方をするのかわかりませんが、
    この本が私の希望と支えになるように感じています。

    さて、リリーは独特の話し方をしますが、このように犬の言葉を聞き、書き取った作者と、
    犬の言葉として自然に訳した翻訳者様はさすがだと思いました。
    犬の鳴き声が人の言葉のように聞こえるのが、よく表現されていると思います。

  • タコが出てきたとたん(出てくることはわかっていたのに)なんともいえない違和感を抱き、
    正直ちょっとひいてしまった。
    しかし読み進めていくうちに、どんどん引き込まれていった。

    え、何これ?と思わせられる海上の冒険と悪との格闘シーン。
    文中に言及もあるが、『白鯨』や『老人と海』を思わせる壮大さにたじろいでしまう。
    「老婦人と海」という章題がきいている!(ほかにも映画や文学の小ネタが満載で大満足)
    老犬を見送る物語だが、しみじみするばかりでなく、こんな荒唐無稽なところがあるからこそ、
    じわじわくるのではないかと思った。

    越前敏弥訳じゃなかったら、自分では絶対に手にとらなかったと思うが、
    読むことができて、ほんとうによかった本だといまは思える。

  • 老犬リリーと暮らすテッドの物語。
    ずっとテッドの目線で語られる。
    ペットを飼っていないので、最初はリリー、犬が言葉を話すということに、違和感があったが、
    それがだんだん面白くなり、当然のように思えて来た。タコまで話す。

    テッドの思考やリリーの思考の方向が面白く、セラピストのジェニーとの会話、というか
    ジェニーについてのテッドの見解も楽しめる。また人々の 名前 にこだわっている
    ところも面白い。最後にはバイロンまで出て来て、嬉しかった。
    思考や、話題の転換、台詞まわしが、つい最近まで楽しんでいたドラマ「カルテット」の
    絶妙な4人の絶妙な、噛み合っていないようで、考えさせられる会話と通じるところがあった。
    独特、痛快、不思議な会話、考え方、大好きだ。

    訳者の越前さんも何回も泣けたと書いているが、わたしもそうだった。
    でも一番泣けたのは、
    ジェニーと「悼み」について話す場面。

    「愛するものが年老いたとき、失った場合の悼みについて考え始めることは当然のことなの。
    たとえまだ失っていなくても」

    ここで、しばらく涙した。自分の家族、かけがえのない人について 悼むときが
    必ずやってくる。そのときその悲しみに自分は耐えられるだろうか。

    テッドはジェニーのことをバカにしているが、実はジェニーと話すことで
    救われていたのでは、と思う。
    久々に面白くて、悲しくて、救われる物語に出会った。

  • 原書を読んでいたので、泣くのが分かっていたので
    外では読みませんでした笑。
    家でティッシュ箱抱えて読みました。
    (オリジナルグッズがティッシュなのも納得です!)

    表紙からして、コピーからして、
    読むのに覚悟が必要です。
    愛犬を見送った経験があればなおさら。
    (わが家も15歳の犬を見送りました。もう6年ちかく前ですが、今でも思い出すと涙が出
    ます)
    作者も、相当辛い過去にまっすぐ目を向けての執筆だったと思います。
    もちろんそのエネルギーを与えてくれたバイロンがいたからこそ、だと思います。
    このような素敵な物語になって、リリーもきっと喜んでいるだろうし、
    最高の供養だと思います。

    読めば読むほど、リリーへの愛を感じる、愛があふれる物語です。
    タコの天敵であるサメの遊具を買ってきたり、海にタコ退治に出たり、
    必死に抵抗するさまは滑稽ですらあるけれど、
    ひらすらリリーを守ろうとする姿にはぶれがなく、心を打たれます。
    そしてとうとうどうしようもなくなったときの、テッドの決断・・・
    「タコ」を「腫瘍」と言い、現実を直視するシーンは切ないです。
    平行して語られるテッド自身の恋愛も、繊細で複雑だけれど、
    リリーと同じしゃべり方をするパートナーとの出会いはまさに
    リリーからの贈り物のようで心から祝福したい気持ちになりました。

    犬好きの友達にお薦めしたいような、したくないような、複雑な気分ではありますが、
    きっと多くの人の共感を呼ぶ物語だと思います。

  • 先に原書を読んだ知人から「泣いた」と聞いていましたが、たしかに泣けました。
    犬も猫も熱帯魚も飼ったことがないので、ペットロスの心境は理解できないと
    どこかタカをくくっていたのですが、そんな単純な物語ではありませんでした。

    愛情の対象が失われていく怒りや悲しみ、焦燥感、喪失感などが
    痛いほどリアルに描かれていて、あやうく電車のなかで泣くところでした。

    海でのタコとの格闘など、奇想天外な展開もありつつ、というより、それがあるからこそ
    その後の主人公の無力感が際立つのでしょう。

    人によっては、リリーを自分のペットや家族に置き換えたり、重ねたりして読むでしょう。
    今後、ますます高齢者の介護や看取りの問題がクローズアップされると思いますので
    そういった意味でも、意義ある一冊のように思います。

    今回モニターに当選し、素晴らしい作品と出会うチャンスをいただけて、感謝しています。
    ありがとうございました。

  •  刊行に先駆けて読者になるチャンスをいただけたことに感謝いたします。本作、原書の存在は知っていたのですが、日本語で読めるなんて思いもよらず、うれしい驚きでした。
     テーマが「愛犬の死」ということで、泣く予感はしていたのですが……。結局、読んでいる間、何度も涙が流れました。最後のあたりは号泣でした。本を読んでここまで泣くなんて、と自分でも驚いたほどです。わたしが愛犬家で、足元には寝息をたてている愛犬がいて、いままでに何度も、愛犬との別れを経験している、となれば、泣くのも無理はないかもしれません。ですが、これほどまでに泣いた理由は、決してそれだけではありません。この作品には、最初の一行から最後の一行にまで、愛がしみこんでいます。心が温かく、元気になる愛もあれば、複雑で、素直に表現できない愛、悲しい愛……。さまざまな愛が、さまざまなエピソードのなかにこめられています。その愛にわたしの心が反応し、共鳴して、感極まってしまったのでしょう。
     悲しい場面でも涙しましたが、わたしが最初にじわっときたのは、主人公テッドがリリーと最初に出会った、幸せいっぱいの場面でした。リリーがテッドにはじめて言った言葉。「このひとが! わたしの! かぞくに! なるのね!」その言葉にあふれんばかりの無垢な愛を感じ、もうそれだけでじーんと、温かいものがこみあげてきました。(このリリーの言葉は、作品のなかで、いちばん好きな言葉です。)そのあとも心が刺激されっぱなしで、泣くまいと思っても、どうにもなりませんでした。読み終わったいまは、『おやすみ、リリー』というタイトルだけで、目がうるんでしまうほどです。このタイトルにも、深い意味があったんですね。ここにも、悲しくも大きな愛がこめられていたとは……。
     もちろん、ただの「お涙頂戴」ストーリーというわけでもなく、ユーモアや、ファンタジーのテイストもふんだんに盛りこまれているところもよかったです。セラピストのジェニーに対するテッドの態度が滑稽なほど辛辣で、そこは毎回笑ってしまいました。タコが妙に哲学的なのもユーモラス。状況からしてタコに共感はできませんが、とても魅力的なキャラクターでした。そのタコを追い出すべくテッドが繰りだす作戦は、どれも突拍子がなく、非現実的で、それだけにわらにもすがりたいテッドの気持ちが伝わってきて、おかしいやら、悲しいやら、せつないやら……。最後に『白鯨』よろしく海に出て、タコと死闘を繰り広げるくだりは、手に汗握る冒険物語といってもいいくらいです。こうした一風変わった趣向も、本作の他にはない味わいだと思います。
     この『おやすみ、リリー』にはさんざん泣かされましたが、読み終わったあと、すっと心が軽くなりました。いろんな感情が呼び覚まされる、読書の醍醐味がたっぷり味わえ、そして心のコリもほぐれる。愛犬家に限らず、読書を愛するすべての方におすすめしたい作品です。

  • まずこの様な素晴らしい物語を一足先にゲラ本として提供していただいたハーパーコリンズ・ジャパン様に感謝を申し上げたいと思います。

    物語を一読し直感で感じたこと、ただの飼い主とペットの関係の話ではなく、見えない境界をこえる愛情のつながりがあると言えるでしょう。その愛情のつながりが、このストーリーの重要な伏線となり、本の帯に書かれた一文、
    「その日が来ることを、ぼくは認めたくなかった-」
    この言葉がとても深くそして心に響く思いとなり、二人の愛情の結末となることを読者にも感じてほしいという編集者の願いと感じとれます。
    さて場所は主人公の住むサンフランシスコ。気候もよく、自由な感じで明るい話題で色で例えるなら青かオレンジになるはずが、主人公エドワード(テッド)とダックスのリリーに重くのしかかる”タコ”の存在で物語の色が灰色に染まる感じというとわかりやすいかもしれません。
    そして全編を通して、主人公のテッドの一人称で話が進みます。この一人称がとてもこのストーリーを引き立てていることに気付かされます。ほかの人物から見たのでは、この思いの全ては伝わらない。テッドの言葉で進めなければこのストーリーに命が宿らないといっても過言ではないでしょう。ストーリーの時々に3人(一人と一匹と一タコ?は面倒なので…)はそれぞれの想いを言葉として表しています。そしてテッドも・・・そうか、主人公も実はタコの存在は現実として認めている。そういう表現になっています。
    そんなテッドも最後には全てを受け入れる気持ちになる。その時こそがこのストーリーの決定的な3人の関係性を表す場面となりうるのではないでしょうか。その時の苦渋の選択、この場面は読者の皆さんもいろいろ考えていただきたい。それは全て正解が無い答えです。間違いもありません。
    でも人として遅かれ早かれ、その様な選択をする場面に遭遇するかもしれません。その時に出した答え、それがあなたにとっての正解となるでしょう。テッドに関してもこのストーリーで出した答えが最善の答えなのでしょう。
    話はそれますが私もちょうど一年前、12年ちょっとの間共にした愛犬のミニチュアダックスが交通事故に遭いました。そう、リリーと同じ年齢です。しかし最善の治療を獣医にしていただきましたが、事故当日の夕方に息を引き取りました。そんな思いもあり今回のゲラ本の募集にも最初は躊躇しましたが、やはり愛犬と共に生きる、飼い主として目を背けず、様々な境遇を感じなければという想いがわいてきました。そう感じ募集に応募し、この様にとても良い本をサンプルで読ませていただきました。
    そして皆さんには生命の大切さ、愛情の深さ、人、犬という垣根を取り去らう主人公の感情の推移を読み解いていただければと思います。
    最後に主人公は同性愛者となっています。私は否定も肯定もしません。同じ人として考え方、愛し方が違うだけですから。ただ最初は読んでいると違和感を感じるかもしれません。でも、すぐにそれは感じなくなる、そう、愛には垣根がありませんからね。

  • 愛犬リリーとの出会いから別れまでを丁寧に時にドラマチックに哲学的にユーモアを織り交ぜて書かれた人生の冒険譚のように感じました
    リリーとの闘病生活に感じた苦しみ、悲しみ、怒りを豊かな表現で綴り、リリーの感情も手に取るように伝わりました
    生と死に真摯に向き合い打ちのめされ何とか立ち上がっていくテッドに
    狂おしいほど愛らしいリリーに
    そして二人の築き上げた絆に
    涙が滴りました
    それは悲しいけど、それを超える二人の懸命に生きた軌跡に涙したと思います
    私は犬は飼ったことがありませんが、この本で素晴らしい追体験が出来ました
    愛することを恐れない二人に本当の強さを教えてもらいました

  • 本ばかり読んでいる。自分でも呆れるほど日々、本ばかり読む。そうした暮らしの中でごく稀に、『この本は絶対にもう一度読みたい、だれかに伝えたい』と思わせてくれる本に出会う。個人的な統計なので精度もへったくれもないけれど、巡り合う頻度はおおよそ90冊に一冊くらいだろうか。
    『おやすみ、リリー』がその90冊目であったのか、具体的な検証はしていないけれど、この物語は多くの人に勧めたい、と心から思った。
    かつての僕のように、装丁や惹句やあらすじを見、『愛犬家の、愛犬家による、愛犬家のための物語か』と一読を止めようとするひとに、特に。
    なぜならこの本は、飼い犬と飼い主のエピソードを通じ、生きることのかなしさと、同時にもたらされるよろこびの両方から目をそらすことなく描ききろうとしているからである。
    毎日の暮らしの中で、僕が愛するものは知らず知らずの間に日常となり、浅はかな僕は、ありがたみや喪失への怖れなどどこか遠くへ追いやって、面白おかしく暮らしている。一度は『この出逢いに感謝して慈しんでいこう』と頑なに誓ったにもかかわらず。
    この物語は思い出させてくれる。心の奥底に大切にしまいすぎて取り出すことをしなくなった気持ちを。頭では理解しているつもりでも、理解はしきれていないことを。
    だから僕はこの本を今後も読み返すだろうし、多くの人に勧めたいと思う。

  • 僕自身もペットを飼ったことはありませんが、「飼ったらこうなるだろうな」と思いながら読んでいました。リリーの一つ一つの動作がとにかく愛らしく、テッドの振る舞いから「本当に愛している」気持ちが伝わってきて、心が揺さぶられました。
    それだけに分かっていたこととは言え、リリーが死んでしまう場面は「読み進めたいけど読みたくない」気持ちになりました。
    特にリリーが死ぬまでは主に年単位で進行していたのに対して、リリーが死んだ日は時間刻みで描かれているのでより「愛するものの死」というのが伝わってきました。
    そしてリリーが死んだ後のテッドが気になっていましたが、リリーの生まれ変わりとも言える人が現れて、本当に良かったと思いました。
    『おやすみ、リリー』が読めて本当に良かったです。今回は選んでいただき、ありがとうございました。

  • 「犬を飼わないわたしに「老犬を見おくる」人の気持ちがどの程度理解できるのだろうか、と、じつはあまり期待せずに手にとったのですが、本書のテーマはそこだけにとどまらない広がりをもつものでした。タコの出現をきっかけにあふれだすリリーへの思いとそこに投影される「ぼく」の内面は、ときにやさしく、ときに息苦しいほどにつらく、胸に迫ってきます。いつの間にか、自分の大切な人々への思いを重ねながら読んでいました。」
    みんなにお薦めしたい素晴らしい本でした。モニター応募してよかったです。ありがとうございました。4月の発売たのしみにしています。

  • テッドは12年リリー(ダックスフント♀)と暮らしてきた。少し前に恋人と別れてセラピーに通っているが役に立つとは思っていない。リリーの眼の上にタコが棲み着いているのを発見し幼馴染のトレントに支えられてタコに立ち向かおうとするテッド。大切な半身のいる全ての人に。
    タコが何を指すのかは読み始めて直ぐに判るのだけれど、何故か挿絵が有った気がして何度かページを遡ってしまった。たまたまリリーは犬だけれど、合わない人間のセラピストより頼りになりそうである。そしてその時の迎え方は人それぞれなのだけれど、悔いを残さない一例かも。

  • 真の愛情には、限度も性別も、ましてや種族すら、何もかもを超越するものがあることを、リリーとリリーを愛する彼が証明してくれた

  • まず、装丁のダックスフンドの眼差しに射抜かれました。名作の予感ひしひし。
    『おやすみ、リリー』
    タイトルから愛犬との悲痛な別れの物語を思い悼みの只中にある自分にはつらい読書体験になりそうだと覚悟を決めていました。その予想は半分当たっていて、半分ははずれてくれました。
    “ぼく”と喪失の記憶を追体験し、反芻する過程では彼がずっと並走してくれているようで心強く、安心して溺れるように泣きました。刻一刻と衰弱していくリリーを真摯に見つめる眼差し、惜しみなく注がれる愛情。友人たちや家族とのあたたかい交流。寄り添うような優しさに溢れた言葉はブランケットであり、羽毛布団であり、ブランデー入りのホットミルクでした。
    たくさんの愛称を持つリリー。スタッカートの吠声、マホガニーの毛色、跳ねるたびに裏返ってしまう耳仔犬独特のシワ、水風船のようなおなか。耳許に仔犬のため息が聴こえてきます。犬の仕草一つ一つの表現に可愛さがこぼれるようです。犬や猫と暮らしたことのある方ならなおさら愛おしくて堪らないことでしょう。
    固有名詞が盛り込まれた翻訳小説が好きです。繊細な彼らしく随所に“ぼく”の食に対するこだわりを感じるのですが日本の食材がこんな風に使われているんだなんてと新鮮な驚きもありました。
    映画にまつわる小ネタが織り込まれているところも楽しくユーチューブで探してみたりしてああ、二人はこの台詞を真似していたのねと微笑ましく思いました。
    “ぼく”をライアン・ゴズリングで妄想して読み進めてみたけどユーモラスな奮闘ぶりからか途中セス・ローゲンに変化しました。
    肌触りの良いティッシュとバターたっぷりのクッキーを用意して“ぼく”とリリー、謎のタコに出会っていただきたいです。

  • リリーがはしゃいで喜んで、尻尾を振って、耳がぱたぱた揺れてる様子を視覚的にも表現した翻訳がばっちりハマる。そうよ!わたしたち!読まなくっちゃ!最後まで!きちんと!読んでよね!
    犬と暮らしたことのある人は、そうなの、あるある、分かる分かると頷きながら、犬と暮らしたい人、暮らしたことがない人もリリーの体温まで想像できるような丁寧な描写。エリザベス・ゴールデンエイジのケイトの真似まで上手なリリーはおしゃまでかわいらしい。
    12歳のダックスフント(犬種まで必要、犬好きには分かる)の女の子リリーと、その養父のテッド、2人の生活は、散歩やアイスクリームや赤いボールやモノポリーや映画にピザ。ささやかでくだらないことばかりだけど、それが犬と暮らす、愛に溢れた日常。その日常がとっても魅力的
    頂いたサンプル本を見つけた旦那に「なんで、こんな本を買ったの?また、頭が痛くなるまで泣くだけでしょ?」と怒られました。愛犬を亡くしたことがあるので、自分じゃ絶対に買えない本だけど、何らかの形できちんと愛犬と向き合いたくて、今回のキャンペーンに応募しました
    それでも、実際には中々、本を開けず、こんなギリギリになって感想を書いているのですが。
    リリーとテッドの当たり前の日常に少しづつ、タコや今までと違うことが忍び寄ってくることが辛くて、なかなかページを進めることができませんでした。
    そのくらい2人の日常は素敵で輝いて見えました。
    目が見えなくなってしまったリリーがサメの浮き輪とはしゃぎまわる姿を、刻みつけようとするテッドが切なくてページを進められませんでした。リリーのためにタトゥーを入れて、強くあろう、と振る舞うテッド、住み慣れた家を出て、どこまでもリリーに寄り添う姿に、タトゥーを入れてくれたカルとテッドが話していた会話を思い出しました。死んでゆく過程こそが生きることなんだ、と思いました。

  • 大事な人やものをこれから失っていくだろうことの怖さで、生きることまで怖くなっていた気持ちが、リセットされたような読後感でした。
    人生を描きつつも、重々しくはなく、どこかユーモラスで、現実と夢が入り交じった不思議な軽快さがあり。
    またたとえ悲しいシーンであっても、全編に渡って気持ちよく晴れた朝のような爽やかさと希望がありました。
    そして、あとがきは、半自伝的とはいえ「物語」の中に描かれた希望が、現実に続いていく、大事な一章の役割になっています。これは絶対先に読んじゃダメですね(笑)
    個人的には、映画化されそうな気がすると思ってますが、どうでしょう。
    それにしてもリリーの魅力!!「かわいい」という言葉では表しきれない、パートナーとしての犬の素晴しさがしっかり描かれていて、幸福になりました。

  •  わたしの家には10歳の犬がいます(そんな読者はたくさんいるでしょうけれど)。
     オビに「12歳」「老犬を見おくる」と書かれているのを見ただけで、これは読んではいかん、泣くに決まっていると、手にとるのをためらいました。
     おそるおそる読みはじめたのですが、太字で書かれているリリーのことば「ほら! みて! こんなに! すごい! もの! はじめてよ!」を見て、なぜぶつぶつ切れているの?と首をひねり、すぐに、ああ、犬の「ワン! ワン! ワン!」だと気づいたとき、この本を好きになれそうだと思いました。
     まずもっとも泣いたのは、ほかの読者のみなさんも同じだと思いますが、安楽死を決めたのだとわかったあたりから最後まで。「無限」(333ページ)からあとは、読みながらずっと涙が止まりませんでした。
     そこより前に、わたしの胸に響いたのは、おしっこ問題が書かれているところです(182〜183ページ)。粗相をしたときに腹を立ててしまったことを思い出し、それについて謝ると、リリーはなんのことといいます。「犬はいまを生きているからだ。犬は根に持ったりしないからだ。犬は感じた怒りを毎日、毎時間なかったものにし、けっしてわだかまりを残さないからだ」……このパラグラフはわたしにとって大きな赦しでした。人は後悔する生き物で、考えているうちに、あれもこれもと犬に謝りたいこと(おしっこ問題以外も)が次々に思い浮かぶのです。このパラグラフは、いま読み返しても涙が出ます。
     ほかにも数箇所、犬のすばらしさが書かれているところに付箋をつけています。また、たびたび読み返そうと思います。
     リリーの不調、痛みを読んでいると、わたしのひざにあごを乗せて寝息をたてているうちの犬がより愛おしく感じられ、気づけば優しく接していました。

  • 長かったです。
    テッドの苦しみもがく日々が。彼は何座なんだろう、など考えたりしました。
    涙にくれる魚座なのか、身近な人を大切にするから人一倍傷ついている蟹座なのか…
    せっかく通っているのにカウンセラーはバカにするし、若い獣医のことなんて少しも信頼していない。
    元恋人をいたわらないし、多分仕事もうまくいってない。
    死を理由にして外の世界に甘えすぎている。
    途中で逃げ出したくなるくらい、彼のことが嫌になり始めてしまっていました。わたしもタコに首を絞められていたのかもしれません。
    リリーはテッドの一部であり、彼の心をわたしは追いかけているから、リリーのタコがわたしに触手を伸ばしていてもおかしくないですよね。
    多分、自分自身の性分のせいなんです。中華包丁でタコをぶつ切りにしたい。タトゥーを入れたい。
    ヨットで海に出て、タコと闘いたい。リリーの死を目前にして喜怒哀楽が研ぎすまされ、牙をむき出しにする彼のことを、ストーリーの最初から、ずっと待っていました。
    愛する者と冒険がしたいのです。それがわたしの考える、しあわせ。
    だから、テッドが苦しみながら冒険に出てくれて、心の底から嬉しかった!!
    動物を飼っていないわたしですが、リリーの話し方はとても愛らしくて、でもそれはべちゃべちゃとした赤ちゃん言葉のようなものではなくて、リリーってこういう犬でこんな風にお話しできるんだろうなと、そしてふわふわの毛が頬にかかる感触まで想像できました。
    愛する者のことをここまで人に伝えられる深い愛情を感じました。ああ、テッドを思い切りハグしたい。
    モニターとして良い本にいち早く出会わせてくださって、ありがとうございました。

  • いぬを飼ったことがある人であれば、主人公の心情に共感できるはず。
    私は不覚にもカフェで読んでしまい、涙しました。。。
    愛犬の病気を認めることの難しさ。最後には、病気(死)を受容しなくてはいけないが、そこまでに主人公が至る過程を、丁寧にユーモラスに描かれている。

  • これほどまでに読むことを後悔した本は今までにありませんでした。
    リリーが「このひとが! わたしの! かぞくに! なるのね!」と寄ってきたのを読んだときから、わたしの心の中にもリリーが住みついてしまったからです。
    リリーの弾むようなお喋りや生き生きとした様子を読んでいても、頭の片隅にはいつかはこの子との別れが来てしまうという思いが離れず、その思いが強ければ強いほどリリーへの愛情も増すのでした。

  • さっそく読み終えました。おおよそのテーマはわかっていたので、やや警戒しながら読み始めました。私も犬を飼っていたので、つらいお話でした。
    とはいえ、ユーモアもあり、犬についての描写がリアルで、物語の中にぐっと入りこんで、リリーと生活を共にしているような気持ちになります。テッドの弱さにも共感しました。
    ただ、越前さんの「泣ける本」という言葉が先行しすぎて、うまく感情移入できなかったように思いました。これは私の天邪鬼な性格のせいでしょうが。
    また、途中の海とタコの章は、人によっては戸惑ってしまうのではないかなと感じました。私としては、あの部分を入れなくてはならなかった著者の気持ちに思いを馳せて、楽しむことができましたが。
    大切な人の喪失を乗り越える物語、きっとたくさんの人を勇気付けてくれることと思います。

  • 今読了しました。明日の朝の瞼の様子がこわい程泣きました。
    リリーとジェフリーの別れのシーンに胸がえぐられて。自分と飼犬にすり替わった様でした。
    無邪気なリリー。ジェフリーが好きなリリー。ピーナッツバターやアイスが大好きなリリーが可愛らしく、またジェフリーの日々の生活や家族との葛藤も共感して。
    正直、読まなければよかったと頭の隅に浮かんだ程でした。
    でも、ラストが気になり、側にいた飼犬を撫でながら読みました。
    どの犬とも別れがある。
    その別れの決断をすることは勇気がいることで、愛があるからこその決断を感じました。
    素敵な物語をありがとうございました。
    拙い文書で申し訳ございません。胸がいっぱいになってしまって。

  • 主人公の淡々とした日常が愛犬の病気で一転する。まさに背筋が凍りつく思いだ。「おやすみ、リリー」を読みながら、いつの日かの自分と主人公テッドを重ねずにはいられなかった。ただ見守ることしかできないこと、別れが近い事、無力感、後悔。タコとの対決を繰り返すテッドから、言葉にするには難しいそんな想いが溢れ出ていた。でもリリーはとっても愛されていて、いつでもテッドを愛していた。切なくも幸せなお話だった。「まだ考えなくていい」ってテッドがトレントに言うセリフ、この一言って色んな意味を持ってるなって思った。すごく心に残ってる。

  • 今回『おやすみ、リリー』の事前ゲラ読みモニターのことを、翻訳者の越前敏弥さんのツイートで知り、「ちょっと変わった犬と飼い主の話し?サンプル本の表紙もお洒落だ」程度の気軽な気持ちで応募しました。
    老犬を見おくるお話しならそりゃー泣くであろう、とある程度構えて読み始めたのですが。
    「ほら!みて!こんなに!すごい!もの!はじめてよ!びっくり!いきてるって!とっても!すてき!」
    ……そうだった、子犬って生命力に溢れてて、こういう感じでしゃべる(吠える)んだった。
    弾むようにスタッカートでしゃべる、リリーの最初のセリフであっさりと涙腺がノックアウト。慌てて、手元にタオルを用意しての読書となりました。
    理屈っぽくて自分の周りに薄い膜を張って暮らしている主人公のテッド。世界との接点は、イマイチ信用してないセラピストのジェニーや親友のトレント、妹のメレディスだけ。恋人とは別れてずいぶんたつけど傷は癒えてなくて、それでもリリーと一緒に、単調だけど安全に暮らしてた。
    リリーの頭の上にタコがやってくるまでは。
    生き生きとしたリリーとテッドのエピソードが積み重なればなるほど(出会い・初めてのアイスクリーム・心配した手術・トーファーキー……)、タコがテッドの周囲の膜を破って、現実を突きつけるつらさが伝わる。
    タコが象徴するものと戦い続けてもテッドに勝ち目はない。それでも戦いを止めないのは、彼にとって心の底からリリーが大切で、愛しているから(3ページにわたるリリーのニックネーム!)。
    何でもない描写にもグッときて、数ページ進んでは休憩しながらゆっくり読みました。
    物語後半、ユニークなタコ狩りにめんくらうも、テッドにとって必要な“喪の作業”だったのでは、と勝手に納得。つらいけど、リリーが最後に、一歩一歩人生を進めるチャンスをくれたと。
    「すごい!じんせいを!ちからいっぱい!いきてる!」
    ペットを飼っている人もいない人も。愛するものをなくした人もあらたに出会ったひとも。
    それぞれがかけがえのない人生を生きていることを思い出させてくれる、素敵な本でした。

  • 他の方々がTwitterで揚げられてる感想を読んでいたので、目が大変なことにならないように、出掛ける予定の無い日の朝から、ガンガンとロックを流しながら、読みました。 『おやすみ、リリー』を読む時には、どんな不似合いは音楽でも、何の役にも立たないことがわかりました。 今こうして、キーボードを打っているんですが、思い出しながら書いているので、涙が止まりません。最初は、英語を日本語に翻訳された本の、ちょっと読み辛い文章(異空間)に、ちょっと躊躇したのですが、読み進めて行くうちに、そんなことは気にならなくなり、テッド(エドワード)とリリーの世界に簡単に移行することができました。テッドは、リリーを擬人化して接していますが、往々にして、動物の飼い主は犬や猫たちを、同じく家族だと思い、意味がわからないだろうなと思いながらも、話しかけたり、愚痴をこぼしたり、季節の変わり目を伝えたりしているんだと思います。家族を失う時に、それまでどれだけ手を尽くしていたとしても、後悔ばかりが募ります。テッドも、多少の後悔はありながらも、自分が出来うる全てのことは、リリーにしてきたけれど、大好きなリリーを“安楽死”させなきゃいけなくなった自分を、痛みなしに済ますことができません・・・リリーと同じ痛みを、リリーと同じ苦しみを。自分の悲しさを、苦しさを、辛さを・・・肉体に痛みを・・・でも、心の痛みを肉体の痛みに置きかけることはできない。そのことを、テッドの言葉で教えてもらいました。ハンディキャップを抱えている人、差別を受けている人いじめを受けている人…etc心の傷は、痛みは、忘れることのできない深い傷として残る。という、広い意味で再確認しました。横で、いびきをかきながら寝ている犬と、その先輩犬よりも態度の大きい猫の息遣いを感じながら、テッドがリリーと過ごした大切な日々と同じように、あと何年あるかわかりませんが、同じように大切に過ごして行かなくちゃな…と思いました。小さくてかわいい家族がいる友人にも、『おやすみ、リリー』を薦めます。

  • ダックスフンドを愛するあなたはもちろん
    愛犬や愛猫と暮らしたことがあるあなたにも
    身近な誰かとの別れを前になすすべもなく立ち尽くしたことがあるあなたにも
    また一人になるのが怖いというあなたや
    誰かを心から愛したいと願うあなたにも
    お薦めできる1冊だ。

    もちろん、はじめから泣こうと思って読む必要はないけれど
    思わず涙がこぼれてしまっても問題はない。
    なにしろ

    「あなたの!めから!ふって!くる!あめって!すてき!しおあじって!だいすきよ!これ!まいにち!ふらせて!」

  • 『おやすみ、リリー』を読み終えました!
    犬を飼ったことのない私でも、2人の絆の強さ、これまで一緒に紡いできたかけがえのない時間が伝わってきました。
    体が弱って行くにつれて、同時に語られる元気だった頃の思い出との対比が切なく胸にささりました。
    また、テッドとお母さんの関係やテッドとトレントの関係も物語に深みを与えていて、それぞれの絶妙な距離感がテッドを間接的に救っていたのかなと思いました。
    ジェニーの名前にまつわる冒頭は、映画「恋人たちの予感」の一節を思わせたり(シェルドンという男の名前について)、「フェリスはある朝突然に」の主人公と親友を引き合いに出すところなど、映画好きには思わすクスリと笑ってしまう場面が多くて楽しかったです。
    最後がハッピーエンドだったのもすごくホッとしました。
    ややタコの例えや冒険話は、若干突飛な感じはしましたが、突然現れた邪悪な敵と戦う様子は、ストレートに病気と闘う話を綴るよりは、精神的に耐えられるのかもしれないと思ったりしました。
    今回はこのような機会を頂き本当にありがとうございました!✨

  • 泣けるとは思ってましたがやはり泣けました。越前先生とは違うかれないけど涙が溢れでてきたのはp339です。
    なんて言うかその後は泣きっぱなしで。
    木曜の夜は好きな男の話をして、金曜の夜はモノポリー。何にでもワクワクしていて、見返りを求めずに無償の愛を注いでくれるーダックスフントのリリーにある日、タコが取り付いた事に気付く”僕”
    この一人称の僕が、当初はヘタレ過ぎてる気がしましたが。
    子犬の時の出会い、トーファーキーの季節外れな感謝祭、海での思い出などの場面はとても生き生きとして2人の愛情と絆の強さを感じました。赤いボール✨大好きだったんですね。装丁ナイスです!
    妄想シーンも迫力あって(どこからが妄想か?)笑ってしまいましたーそして現実に戻って安楽死を決断する時ー。喪失の悲しみが押し寄せてくるのに読んでるのは自分ものまれそうに。
    そこで終わってしまうか?と思ったらラストの新たな出会い! タコ退治に出かける前の「もう一度恋がしたいんだ」「→また恋がしたいんだ」ですねー「きっと出来る」の保証通りに運命の人が現れるなんて!
    笑って泣いて、浄化されて最後はハッピーエンド!まるで私の好きなロマンス小説のようでした。ヘタレの中年でゲイの主人公にも最後はその優しさと素直さに、幸せが訪れて本当に良かったと思えました。
    あと、日本語のタイトルの方が原書よりずっといいです✨ 装丁デザインとタイトルは日本語版の勝利と思います 素敵な本をありがとうございました。雑な感想ですがコレにて。
    喪失と再生の物語とはよくいったものですね。本当に泣いて体温が上がる感じ、コピー、分かりました♪
    でもタコウインナーのせいで日本人の評価を下げないでほしい
    住んでる街がロサンゼルスで、ライアン ゴズリングの名前がいきなり出てくるところは今時タイムリーとも思いましたー長々と申し訳ない。

  • 我が家にもちょうど12歳になったばかりのミニチュアダックスフントがいるので、とても他人事とは思えず、身につまされました。生きとし生けるもの、いつかは歳をとり老いていくもの。ましてや犬は人間の何倍も早く老いていく。いつかくる『その日』を、別れの日を果たして私はどんな思いで迎えるのだろうか、と自分に置き換えて読み進めました。主人公テッドとリリーとの会話(私も愛犬と話します)や、ニックネームの数々(うちも色んな呼び方してます)など、一緒一緒と思いながら。ただ一つ、テッドが自分のせい(カルマ)でリリーが苦しい思いをしていると思いこんでいることは、「それは違うよ」と教えてあげてたいと思いました。
    作品の刊行、発売を楽しみにしております。読ませて頂き、ありがとうございました。

  • あぁ、やっぱりやってしまった・・・思わず頭をそんな言葉がよぎりました。
    人間は、小説や映画の登場人物に自分の経験や状況を投影し、時に激しい反応をしますものです。小さなお子さんを持つ親ならば、子供たちが理不尽な目にあったり虐待されるシーンを冷静に受け止められないでしょうし、恋愛中の人は物語の中の恋人たちの関係に感情移入せずにいられないでしょう。
    同じように私は動物、特に犬が出てくる物語に過敏に反応してしまいます。
    例えフィクションの世界でのほんのヒトコマの出来事でも、犬が無残に殺されたり酷い目にあったり、死んだりする場面には耐え難くできるだけそういう哀しい物語は避けるように慎重に作品を選ぶ癖があります。

    なので、最初はこの小説も手に取るのを少し躊躇しました。きっと愛に溢れた内容に違いないけれど、絶対に号泣してしまう・・・これは避けた方が自分の精神衛生上は懸命なのではないか・・・そう思いながらも、どうしても読んでみたい誘惑に駆られてしまいました。そして「やっぱり・・・!」何度も何度も、泣かされてしまいました。物語に登場する犬のリリーが苦しそうだったり哀しそうだったりするシーンは勿論ですが、それ以外のなんてことない日常のヒトコマやちょっとした動作の描写ひとつに、思いがけないポイントで自然と涙が込み上げてくるのです。そして、泣くだろうと思いつつ読んで、予想した以上に泣いてしまって後悔したかというと、自信をもって「否」と言えます。胸が張り裂けそうに哀しい気持ちにもなりましたが、それ以上に、リリーの生き生きとした姿、溢れる愛情、命のすばらしさに心を打たれ、主人公テッドと共に自分自身の心も再生されていくような清々しい感動が最後に残りました。

    愛犬の頭にある日「タコ」が張り付いていた・・・!「朝起きたら蜘蛛に変身していた」にも匹敵する驚きの仕掛け。しかも、犬のリリーはともかく(実際に犬はその目としぐさと声色で実に多彩に人間と会話します)その「タコ」とまで主人公テッドは会話してみせて、果ては大海原で白鯨に挑むがごとく対決までしてしまう奇想天外。
    ついでにこの「タコ」が、実に知性が高く皮肉屋でにくったらしいことこの上ない。いったいこの冒険がどこに帰着するのか、どうしても気になって夢中で読み進めてしまいました。

    家族ではなく、初めて”自分に”属するトイ・プードルの犬を迎え入れた時は、まだ彼が若いうちから「もしもこの子が病気になったら・・・」「もしも死んだら」と想像しただけで哀しくて涙がこぼれる日々でした。そのトイ・プードルが17歳10か月で天国へ旅立つのを見送ったのが数年前。最後の2年弱は痴呆症で視力も含め色々な感覚を失っていったものの、肉体そのものは健康で最後は家族全員が集まっていたリビングで、眠っているうちに旅立ちました。そして今、リリーとそっくりな、今年11歳になるミニチュア・ダックスフントと暮らしています。
    そんな私がこの物語に感情移入しないわけはないのですが、犬と暮らしたことのある人間なら、私と同じようにリリーとテッドのやりとりやリリーの行動がとてもリアルに目の前に再現されると思います。

    ですが犬と暮らしたことがなくても、猫派でも、動物が好きじゃなくても、「犬と人」という縛りを超えた、「愛する対象」「大切な存在」との愛情と信頼と絆、生きることのすばらしさとその喪失と喪失からの再生、続いていく人生といった普遍的なテーマに深く共感し心を打つ物語だと思います。
    溢れんばかりの愛情と感動が込められた小説ですが、決して押しつけがましくもじめっぽくも暑苦しくもないところも魅力です。

    「長年の恋人と破局した後新しい恋愛に踏み込めないままでいる、ロサンゼルス在住のフリーのライターで、ゲイで、アラフォー」という設定に相応しく、ちょっと羨ましくなるようなビーチの近くのお洒落で優雅な日常、シニカルとウィットと辛辣と気楽さの絶妙なバランスがとてもセンスのよい読み物に仕上がっています。テッドのライターという職業、ロスというロケーションもあってか、映画や小説、詩を
    含む文学の引用がふんだんなのも楽しかったです。

    個人的にとても気に入っている箇所は、テッドとリリーが毎週木曜日に「好みの男性のタイプ」について語り合う習慣。ライアン・ゴズリングとライアン・レイノルズ、どっちのライアンがタイプか?といった感じで意見が分かれるテッドとリリーに、自分も一緒にその議論に参加して楽しんでいる気分になりました。そしてふたつめは、私も好きな番組「アクターズ・スタジオ・インタビュー」の定番コーナー「10の質問」でイーサン・ホークが「好きな音楽は?」という問いに「子犬のため息」と答えたというエピソード。そしてもうひとつ、テッドが(作者が)引用するバイロンの<犬に捧げる墓碑銘>と
    いう詩です。

    素晴らしい小説に出会えたこと、その機会を与えてくださった出版社の皆様に感謝したい気持ちです。ありがとうございました。

  • ゲイの男とダックスフントとタコがおもな登場人(?)物。
    ストーリーは正直、わけがわからない。
    けれど読み終わったときには、「ひとことで言えば、愛と喪失、そして力強い再生の物語」(訳者あとがき)だということがストンと理解できる。
    ペットに限らず「大切なもの」を失った人や失いつつある人なら、きっと心に刺さる言葉、溢れてくる想いがある。
    そして、希望のちらつくラストに、心が少しほぐされる。
    犬時間の何年たっても悲しみが消えるわけなどないのに、それでもふつうに生きていく自分を、責めなくていいのだ、と。

  • 愛犬との死別が描かれる、『おやすみ、リリー』ですが、出来事がそのまま語られるわけではありません。主人公・テッドの葛藤や、「謎のタコ」の出現、大海原の冒険……そこでは死を悼む過程が丁寧に描かれていて、主人公の辛い気持ちがひしひしと伝わって来るのと同時に、圧倒的な愛の大きさも伝わってきます。愛するとはどういうことか、そして、愛する存在と別れる経験がどんなことをもたらすのか、とても深いメッセージを伝える物語だと思います。実は私の実家にいる、今年13歳になる(リリーより長生きですね)ミニチュア・シュナウザーの女の子(いや、老婦人ですね)が、少し前に続けててんかんの発作を起こしました。幸い、発作は数回で収まり、頭に「タコ」もいないようです。本書を読み、この子との残りの時間を大切に、大切にしなければと思いました。

    動物と暮らした経験のある人にも、ない人にも、「愛する」とはどういうことか、切なく激しくも伝えてくれる一冊だと思います。大冒険や辛い経験を乗り越えたラスト差す一筋の「希望」が印象的でした。

  •  物語を読む時、登場人物に感情移入することはよくあると思いますが、私は(他の皆さんもそうかもしれませんが)登場人物になりきってしまうことが多々あります。なりきる相手は主人公とは限らず、その家族だったり友人だったりします。
    しかし「おやすみ、リリー」の場合は、テッドにもリリーにも、ましてやタコにも(当然です!)、なりきることはできませんでした。
     なぜなら、テッドの立場もリリーの立場もあまりにも辛過ぎたからです。
    テッドのリリーに対する気持ちはあまりにも大きく、リリーにタコが取り付いたことを知った時の驚きは言葉では言い表せないほどの衝撃だったと思います。自分がテッドの立場ならなんとしても手を差し伸べたいと思うし、リリーの立場なら「無理しないで」と思うでしょう。
     そんなテッドやリリーになりきることはもちろん、感情移入することも拒否していました。絶対辛くなるに決まっているからです。なので、あくまで無関係の第三者として物語を傍観していたはずなのに、涙が溢れて止まりませんでした。
     私もかつて犬と暮らしていたことがありますが、交通事故で亡くなるまで彼女がどういう気持ちで過ごしていたかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
     ただ、リリー曰く「犬は今を生きている」「根に持ったりしない」「わだかまりを残さない」「犬は悪い思い出を覚えておかない」そうなので、彼女も幸せだったと信じたいと思います。
     そう考えると、リリーはテッドだけでなく、物語の読者全員を救ってくれたのだと思います。
     物語の中で好きな場面はたくさんありますが、リリーの言葉で一番好きなのは、テッドのスーツケースに入って言ったひと言です。原文からあの言葉を導き出した越前敏弥さんはとても素敵な方です(当然です!)。
     物語の中のリリーも現実のリリーも目に見える世界からはいなくなってしまいましたが、テッドやスティーヴン、そして読者全員の心の中にいつまでも生きていて、赤いボールを追いかけたりスーツケースに入ったり(!)しながら私たちを見守ってくれていると思います。私たちはいつでもリリーに会えるのです。

  • 看取るのが辛いからと母に言われ、犬を飼えなかった。母もテッドのような思いをしたのかもしれない。少し羨ましい。4年前に亡くなった母を思いながら、私なりにおやすみを言いました。家族になる事、生活する事、年をとる事、選ぶ事、選べない事。くよくよしがちな毎日に、リリーの言葉が沁みます。
    「ひとつきで!じゅうぶん!かなしむのは!」
    そして、越前さんの、するする入ってくる訳文が素晴らしかったです。
    どうか、「泣ける!」やお涙頂戴の宣伝文句にだけはいないで欲しいと願います。
    読ませて頂いて有難うございました。

  •  中年男テッドと愛犬リリー、そのふたりを脅かすタコ――はじめは少し変わったお話だと思いました。犬のリリーと好みの男性について話しあったり、いっしょにモノポリーをしたり、そのうえ腫瘍をタコと呼んで本気でけんかしたりと、想像力豊かな子どもの世界のような気がしたからです。でも読み進めるうちに、テッドの心と同化していくのを感じました。テッドはゲイで、両親ともなんらかの溝があります。恋人はいたけれど、傷ついた末に別れたばかり。孤独な彼にとって、リリーはただひとりの家族、欠かせない人生の伴侶だったのですね。そんなリリーを守るために奮闘するテッド。だけど……。後半はもう涙が止まりませんでした。こんなに悲しい思いをするくらいなら、犬を飼わないほうがましだと思うほどです。でも、最終章のテッドの姿に希望を感じることができました。どんなに別れが悲しくても、その出会いはけっして無駄ではなく、ともに過ごした一瞬一瞬が人生の宝物となって輝くのでしょう。その痛みと、輝きと、感謝と……これはもう動物のお話ではなく、愛についての物語です。「はじめてよ! わたしの! はなしを!」――リリーの声が、いつまでも耳に響くようです。

  • LAに暮らす42歳のテッドと12歳のダックスフントのリリー、
    そしてリリーにとりくつタコの物語。
    小説を読んでこれほど泣いたのは久し振り。

    タコが何の象徴であるかはよほど勘の悪い人でない限り、
    読めばすぐに分かると思うけど、愛犬を守るために奮闘する
    テッドの姿は心を打たずにはおかない。
    ケイト・ブランシェットファンも必読ですぞ。

  • わたしも犬を飼っています。
    だから、犬を題材にした本はとても気になるし、共感できることも多いと思うので読みたいと思う。
    けれど一方で、悲しいだけの物語は読みたくないという気持ちがあるのです。
    このおやすみリリーを読んで、わたしは二回泣きました。
    人生のなかばを過ぎた、ちょっとやそっとのことで感動できなくなっている年齢なので、自分でも意外でした。

    この本ではおしゃまなリリーに対する愛情が誠実に綴られていました。
    人間と同じようにリリーと会話したり、普段何気なく見ているリリーのしぐさのいきいきした描写や、数えきれないくらいあるニックネームは、動物を飼ったことがあると思わずにんまりしてしまいます。

    そして、突然襲い掛かる理不尽な病を拒絶し、認め、なんとか折り合いをつけていく様子は、今現実に病と闘っている方々やその家族にとっても共感できる部分ではないでしょうか。

    人生は理不尽なこと、つらいことがあって、なかなか思った通りにはいかないけれど、たまにあるかけがえのない出会いが輝きをもたらしてくれる。
    そう、「生きることこそほんとうの冒険」なんだと思わせてくれる、すがすがしい読後感のある一冊でした。
    ありがとうございました。

  • 犬や猫を飼った事のある人だけに分かる話かと思ったら全くそんな事はなかったです。誰しも覚えのある、何かをなくす痛み、悲しみに直面し、必死に向き合う話だと思います。それは自分と向き合うという事でもあって、読んでいて心が痛く、辛くなるところもありました。
    また、リリーへの愛情がひしひしと伝わってくるだけに、リリーが死んでしまう事が想像出来てしまうので泣けて来て、一旦読むのを止める事が何度もありました。読み切れるかな、と思いましたが、ちゃんと最後まで読んでよかった。パンドラの箱のように希望の残る物語でした。

  • 犬と暮らす人なら誰でもその日がくるのを恐れている。愛らしい子犬があっという間に成犬になり、知らないうちに自分より年をとり、少しずつ衰えが見え始める。そして、一緒に生きられる時はあまりにも短いのだと思い知らされる。一緒にいられる時期が短いからこそ、一瞬一瞬の生のきらめきが愛おしく感じられるのだろう。リリーの何気ない仕草や、ふたりの暮らしのルーティンがユーモアたっぷりに描かれていて、それがだんだん失われていく過程はとても切ない。後悔、怒り、不信、悲しみ、絶望に打ちひしがれ、迷い、苦しみながらも、大きく強い愛でそれを乗り越えていく主人公に思いっきり泣かされました。

  • 「あなたのことは、だいたい“あの人”って呼んでる」(192ページ、《土曜》より)

    『おやすみ、リリー』中、一番好きで一番泣いたのはリリーのこの言葉。なぜなら、これは実際に責任と愛情を持って動物を飼ったことのある人間でないと絶対に書けない台詞だからだ。これを見たとき、《僕》(ひいては著者)がリリーとどれだけ多くの時間を共有し、どれだけの愛情を注いできたのかがひしひしと伝わり、その最愛の存在をもうじき憎きタコに奪われる運命を思って、突然涙腺が決壊した。

    人間と犬は種が違うのだから、感情も思考も愛情表現も違って当たり前。リリーは、《僕》が自分のために食べものと居心地のいい場所を常に確保し、いろんなニックネームで呼んでは慈しんでくれることに何の疑いも持っていない。彼女にとってこれは特別ではなくごく当たり前のことで、だから《僕》を何と呼ぶかなんてどうでもいいのだ。この気持ちを一言で表すなら「信頼」となる。(かのスヌーピーが相棒チャーリー・ブラウンの名前を覚えられず、いつも「ほら、なんていったっけ、あの丸アタマの子」と言うのと共通している)。

    信頼で結ばれた唯一無二のパートナー、リリーはタコのせいでどんどん弱り、ついには視力も奪われてしまう。決してジメジメした文体ではないにもかかわらず、死に向かうリリーをただ見守るしかない《僕》の孤独感がひしひしと伝わってきた。終盤、何とかしてタコをやっつけようとリリーを連れて「タコ狩り」に出かける幻想シーンには、《僕》の叶わぬ夢とリリーへの惜別の想いが込められている。私自身は6年前に愛犬ひなを失ったが、闘病中は私もひなが元気になって走り回る夢を何度も見たなあ、と当時を思い出して胸が苦しくなった。

    著者は謝辞で「うちの犬が世界一、とたいていの人が思っているだろうから、リリーこそどんなときでも最高の犬だと伝えるのはずいぶんむずかしかった」と書いている。その通り、この本を読んだあとも、私にとってひなが最高の犬だという気持ちは変わらない。それでも、この本は毛の生えた家族を心から大切に思っている(いた)人には年齢・性別・国籍に関係なく共感と涙をもって受け入れられるだろう。そして、犬を飼ったことのない人には、人間と犬は飼い主次第でこんなにも強く深い絆を結べるということ、ペットに信頼してもらえるということは飼い主にとって最高の名誉だということを、この本を通してぜひ知ってほしい。

  • テッドとリリーの愛に満ちたとても素敵なお話でした。リリーの命に真正面から向き合うテッドの姿には心を打つものがあります。「実はきみがぼくを選んだんだ」というテッドは、リリーとの関係で自分の存在価値を見出そうとしていると思いました。リリーの腫瘍をタコにたとえたのは愉快ですが、それだけにリリーの運命を一層もの悲しいものにしています。又、母の愛に飢えていて、その関係がしっくりしていなかったテッドは、リリーの死後、母親を受け入れ始めたように見えます。リリーはきっと、テッドの心にあいた穴を愛で埋めてくれただけでなく、テッドのその後の人生をも豊かにしてくれたのではないでしょうか。

  • どこまでも前向きで今この瞬間に全力投球の犬と、過去や未来を意識が行ったり来たりする人間の飼い主の話。
    人間よりも寿命の短い犬が今この瞬間に生きているのなら、ともにいる人間の意識が今ここにあらずなのは、なんともったいないことだろう。
    犬に先立たれた人間には、もっと犬にしてやることがあったという後悔が生まれるが、人間を置いて先に逝く犬には、最期の瞬間まで満足感しかないのかもしれない。
    意識が常に今ここに全て注ぎ込まれていたら、思い残すこともないだろう。

    一緒に眠った人間同士には、潜在意識を分かち合うかのような連帯感が生まれる。
    哺乳類同士という点では、一緒に眠る人間と犬の間でもそう言えるのではないだろうか。
    犬と人間とは、最小単位の群れの集合意識を夜中に分かち合っている。
    だからこそ、犬をなくした人間はどこまでも無防備だ。
    自分がこの世界にまた1人放り出されたような気がして。

  • 実家で以前飼っていた老犬のことを思い出しました。
    タコが、腫瘍の比喩であることが、後で明らかになるのですが、
    序盤はこの話はどうなるんだろうと思って読んでいました。

    リリーを喪ったあとで、主人公にも出会いがありましたが、
    リリーが引き合わせてくれたのだと思って、
    胸がジーンときました。

  • いろんな動物や虫やその他生き物が子供から好きで、インコやニワトリ、カナヘビを飼ったり、その後猫、今はフェレット2匹と暮らしている。沢山お別れしてきたが、3年前と13年前に特に辛いフェレットとの別れがあり、それを思い出しながら読んだ。
    フェレットはあまり知られてないと思うが、犬と猫の間の性格をした外国産の小さないたちで、賢くいたずら好き。
    獣医さんに行くと待合ベンチが犬たちと一緒で、よく犬やオーナーさんがわたしらに興味を持ってくれる。犬たちは、多分わたしにケモノの匂いがするから興味があるのかと思うが、一度チワワがソファの上からじーーーっと伸びてケージの中のフェレットを見つめ、フェレットも応えて伸び上がっていたのは傑作だった。

    本題に戻ると、この本は最初からエンディングがある程度分かってしまっている。その辺を感動的に書いた本はいくらでも存在するし喋る犬だっているが、お涙ちょうだいと分かっていたらこれだけの感想は書いていない(嫌いだから)。太字で「!」を連発するリリーの言葉が、遊び好きで好奇心旺盛な犬らしく可愛らしかった。家庭教師をしていたとき、よく生徒さん宅の犬がしっぽをちぎれそうに振りながら飛びついてしかも放してくれず、何がそんなに嬉しいのだろうと微笑ましかったが、そういうはしゃぎようが見事に出ていると思う。病との闘いをファンタジックな冒険風にしたのも先がどうなるんだろうと思った試みだった。中盤でもっとリリーが若い頃の病が出てくるが、今は元気なフェレットについて「覚悟してくれ」と獣医さんに言われたことが2年ほど前にあり、保険が効かずお金もかかったので読んでいてハラハラした。

    ラスト近くは、フェレットオーナー向けに似た状況での文章を翻訳して公開したことがあり、その後お別れを経験したため、辛いのはよく分かった。聴覚は最後まで残ると言われているので、意識がなさそうでも「虹の橋」とか一緒にいてくれたお礼とか話しかけたのを覚えている。
    本当のラストも含め、ペットでも人間でも同じ個体は2度と現れないので、一緒に過ごすその時々を大事にしようね、ということがよく伝わる作品だったと思う。
    ちなみに2年前に来たフェレットの下の子は女の子で、岡崎京子のマンガから「りり」と名付けた。
    5つくらいの呼び名があると思う。

  • 「老犬を、見おくる、ということ」帯のコピーを見て「泣けるペットストーリー」を予想した。表紙のこちらを見つめるリリーの絵に、読む前から涙が出そうになる。
     途中までは、たしかにその予想どおりだった。リリーとテッドの関係に心があたたかくなり、リリーのかわいさに胸がきゅんとする。タコのやつには、テッドと同じように腹が立って仕方がない。先のことを考えて、辛く、重く、苦しい気持ちになる。
     でも、だんだん見えてくるのだ。テッドにとっての、リリーという存在の本当の意味が。
    「ペットは家族」、それはきっと真実だろう。でも、家族同様にいっしょに暮らす動物を通して見えるものは、実際の家族そのものであり、自分自身の姿そのものでもある。辛い別れを通して見えてくるのは、自分の生そのものだったりする。
     そう、これは、ただの「泣けるペットストーリー」ではない。もちろん最後は涙が止まらなくなる。でも泣いて泣いて、その先に見えるのは、とても硬質で生々しい人生の本質だ。避けがたい苦悩、哀しみ、喪失、絶望、複雑な現実を、どう生きるかということ。リリーというかわいい「おサルちゃん」が、テッドに教えてくれたこと。
     リリー、ありがとう。私もいっぱい、教えてもらった。

  • ツイッターでもちょいとつぶやきましたが、13歳と14歳の熟女犬のそばで読むにはなかなかつらい本でした。越前先生がとにかく泣いたという話を最初から聞いてましたからこちらも構えてしまってた感じで。

    わんこと暮らし初めて10年(うちの連中は保護犬 ー 売れ残り犬と繁殖犬リタイア ー なので)もたちますと、わん友さんが増える一方で、いつの間にか姿を見せなくなるワンコもおりまして。ワンコのおうちのそばを通ると、小屋はまだ歩けど、そのそばにあった水の皿がなくなってたり、トイレを囲ってあった柵がかたづけてあったりして、ああ、虹の橋をわたっちゃったんだなとわかるわけです。

    その後、どこかでその飼い主さんと会うと、必ず、ワンコが亡くなったことを知らせてくれます。そして、どんなふうに亡くなったかを話して、思い出話をしてくれます。たぶん、出会うわん友さん、みんなに話しているのだと思います。そして、みんな最後まで聞いているのではないかと。

    リリーの話もそんな感じでした。おそらく、ワンコを飼っている人とそうでない人は感じ方が違うと思います。途中、何度も胸をぎゅっと捕まれるような感じの描写が出てきました。中でも一番私にとって辛かったのは『自宅を中心にしてリリーが快適に過ごせる場所の同心円は、ずいぶんな速さで小さくなっていき、それと並行してぼくも同じ状態になっていった』というところです。それは今の私とうちの連中と同じ状態だから。私の事情はこっちに置いておきますが、12歳を過ぎたあたりから、ワンコ、特に年上の方が衰えを見せるようになり、椅子に飛び乗れなくなり、高さ10cmのケージの入り口に上れなくなり、四本足で歩いているのにこけるようになり。昔は毎日、駅まで娘を迎えに行っていたのに、今は家の周りの半径300m位を30分かけてのろのろと散歩するのが関の山…でも、楽しそうにしているからいいのですが。

    安楽死させた知り合いもいます。「心臓を休ませる薬を注射した」とブログに書いていました。その話を聞いたとき、私ならどうするかと考えました。そして、リリーの話のあの部分は…読めませんでした。飛ばしました。アレは無理です。

    リリーの話は美しい話でした。元気なリリーの描写が素敵でした。そこからはテッドさんがどのくらいリリーを愛しているかが感じられました。ワンコはあーゆーふうに話します。私もいろいろな名前でわんこを呼びます。私も家で仕事をしていますから1日中、連中と一緒です。そこも同じ。ワンコとの生活の描写があまりにも普通で重なるところがあるからつらいのです。

    あるラジオのパーソナリティが、飼い犬(ダックスと言ってました)が年取って、いつかはいなくなるから、今、部屋の中にいる様子を動画で撮影していると言ってました。いつか、いなくなったときにVRゴーグルをかければ、その子のいる部屋に戻れるように。

    思い出の作り方は人それぞれだと思います。その語り方もワンコの数だけあって。作者の意図とは違うと思いますが、私には亡くなったワンコの話をするわん友さんに見えました。いつか来る日の心構えを言外に教えてくれているような…

    テッドさんが幸せになってますように。そして、新しいリリーを迎えていますように。
    リリーの動画がHPにアップされるのを待ってます。

  • タイトルから想像出来るラストに翻訳者さんの涙発言、そしてリリーの頭にいるタコ。
    ほんの少し暗雲の翳りを感じながらも「泣ける話」は読まないと決めていたくせに、
    読み始めたら意外にもクスクス笑い連発の前半。
    うちの14歳ダックスともモノポリーする⁈ ‼︎ ‼︎とワクワクするなど
    妙なオトナになっていましたが・・・

    舞台を観に行きロビーの椅子に読みかけの本を置き忘れました。
    問い合わせても見つからず。

    代わりにどこかで誰かが読んでいるかと思うと、
    私は意図せず普及活動をしたのかもしれません。。。

  • 素敵な本をありがとうございました。
    「ぼく」からリリーへの壮大なラブレターのように読めました。
    「リリーのニックネーム一覧」の章は、作者とリリーのこれまでの
    時間が凝縮された愛が、行間からあふれ出ているようで涙が止まりませんでした。
    越前先生!ほんやく!してくれて!ありがとう!

  • 「老犬を、見送る、ということ」と表紙にある通りの内容だが、全体的にそれほど物悲しいトーンではなく、犬やタコがしゃべったり、海への冒険に繰り出してタコと格闘したり、ファンタジーとして少し距離を置いて読めた……340ページくらいまでは。その後は一気に現実が迫ってきて、涙腺崩壊した。
    この物語は愛犬の死を悼み、受け入れ、そこから立ち直っていくと同時に、自分の中にあった様々な怒り――自分を裏切った者への怒り、愛していると言ってくれなかった母親への怒り、ふがいない自分への怒り――を許し、新しい人生の一歩を踏み出すという二重の意味での再生の話だ。タコは死の象徴であると同時に、自分の中にある怒りの象徴なのかもしれない。ひとしきり泣いた後に訪れるラストは本当に気持ちよかった。

  • 別れは、いつかやってくる。別れは、出会いという希望を抱かせることもある。でも特別なものとの別れは、深い喪失感が一緒についてくる。喪失。それは、するすると体内に入り込み、血管のように体を巡り、心の奥深くまで届く。その存在感は、普段は感じることはないが、実はそれには棘があって、時々、ちくちくと刺す。
     テッドは言う。「ぼくたちはみな、大切なものをすべて失う、あるいは大切なものがぼくたちを失う。そう運命づけられていて、それが命の本質だ」。でも、頭ではわかっていても、心では受け入れられないこともある。
     数年前、老犬との別れを経験したので、テッドの気持ちは痛いほどわかる。テッドは辛い決断をしたけれど、ずっと溢れんばかりの愛情でリリーと一緒のときを過ごし、その気持ちをリリーに伝えていた。「犬はいつだっていい子で、愛情いっぱいで、見返りを求めない。犬は混じりけのない喜びに満ちた存在で、何があってもぜったい、つらい目に遭って当然なんてことはない。特にきみはそうだ。ぼくたちが出会ってからずっと、きみのすること何もかもがぼくの人生を豊かにしてきた」そうわたしも愛犬に伝えたかった。そう言ってもっともっと抱きしめたかった。
     はじめから終わりまで、テッドのリリーへの愛情が満ちていて、その眼差しは真摯で、リリーはもはや家族というより、まるで自分の一部のような存在のようだ。だから、タコに襲われたリリーを守るため、テッドがリリーを連れ、ボートを借りて一緒に海へ乗り出すという話も、無茶苦茶にもみえるけれども、愛情があってこそ、テッドが生み出した冒険譚なのだ。
     最後の章あたりからは、テッドの気持ちに深く共鳴して、涙なしには読めなくなった。作者の端的な表現を見事に日本語にした翻訳が、この物語を愛おしいものにしてくれている。犬好きだけではなく、すべての生き物と共に暮すひとに、ぜひとも届いてほしい珠玉の愛情物語だ。

  • 「ぼく」とリリーが初めて出会ったときのことや、まだタコが張りつく前の元気だった頃のリリーの様子が
    目の前に現れたかのように躍動感いっぱいに感じられました。そして、「ぼく」の心の揺れや変化していく様子が
    作者の目を通し、さらに越前敏弥さんの翻訳でより鮮明に感じられます。それ故、涙が止まらなくなる箇所が
    いくつも出てきました。

    文体が柔らかで読みやすく、すぐに読めるだろうと思っていましたが、読んでいるうちに自分が体験した最期の記憶と重なり
    辛くなって何度も中断してしまいました。誰しも大切なもの、それが人であれ、動物であれ、いつかは別れの時が来ます。
    人それぞれだとは思いますが、たとえ何年経ってもその瞬間は記憶が薄れることなく鮮明に思い出されてしまいます。
    作品の言葉を借りると、どう耐えればいいんだろう。どう息をすればいいんだろう。どう生きればいいんだろう。
    死に向き合い、亡くなったものの魂を胸に前へと進むため、残された者は何をするべきなのでしょうか?
    母の17回忌を前に、改めて考えさせられました。
    素敵な作品を日本に紹介してくださって、そして素晴らしい翻訳で読者を夢中にさせてくださり、ありがとうございました。

  • 私は残念ながら、動物と一緒に生活したことがありません。
    私は残念ながら、家族が重い病気に立ち向かったことがあります。
    これらは、私がこの本に興味を持った理由の1つでもあります。

    動物と一緒に生活したことがなかったので、正直なところ、数年前の私は、
    ペットを亡くして、家族を亡くした時のように悲しむ人の気持ちが理解できませんでした。
    しかし、自分の家族が重い病気になり、数カ月を経て、本当に幸運なことに回復したあと、
    友人が看病ののちに愛猫を亡くしたと聞いた時、
    ずっと一緒にいた「誰か」が苦しんでいるのを見なければならない辛さと、見送らなければならない辛さは、「誰か」が人でも動物でも同じだ、と感じました。
    その気持ちは、『おやすみ、リリー』を読んでいっそう強まりました。
    そして、病気に立ち向かう「誰か」(リリー)も、それを見守る「誰か」(テッド)も、
    なんて勇敢で強いのだろうと思いました。

    この本には、書き留めておきたい言葉があふれています。
    「なんで!消えなきゃ!いけないの!ほしい!ものは!ここに!全部!あるのに!」
    これほど、去らなければならない「誰か」の無念さを表す言葉はないと思います。
    「今日が最後だと知らないから、人は生きつづけることができるのか。」
    答えのない問いを突き付けられているようです。
    「手に入れたものもいつかは奪われる。たとえそれが特別なものだとしても。そしてそれが奪われるとき、人は試される、と。」
    「誰か」を見送らなければならなくなった時、この言葉に支えられたいと思っています。

    テッドだけでなく、私を始め、たくさんの人に素敵な贈り物をしてくれたリリー、ありがとう。

  • 大の犬派な私にとって、この本を読んでいる最中はとても心が締め付けられるような思いでした。涙がこれでもかと溢れました。そして何よりも「辛い」・「悲しい」というような感情以上に命の大切さを強く感じさせられた物語でした。受け入れたくない事実だけど、受け入れないといけない問題ということが、この物語を通して読み取れました。おやすみ、リリー。

  • 「犬は悪い思い出を覚えておかないの」(P252)
    老犬リリーの言葉にハッとしました。
    我が家の3才のトイプードルは、ぼくが疲れて冷たくしても、次の日もまたうれしそうに走り寄ります。きっと楽しい思い出でいっぱいだから、いつも楽しそうなのかもしれません。

    そんな気付きがたくさんある本書です。
    でも、み送るのはつらくて、読むスピードはどんどん落ちて行きました。
    犬を飼ってる人には、つらい本かもしれません。